山形地方裁判所 昭和33年(ワ)151号 判決 1959年10月12日
日本勧業銀行山形支店
事実
工員の給料などの支払に窮した訴外M会社は、昭和三十二年十月二十五日、原告に対し、同会社が被告銀行に対して有していた金額百万円期間一年の定期預金債権を代金百万円、ただし同会社は同日から六カ月以内に右金員を提供して買戻すことができる、また被告に対する右債権譲渡の通知は右六カ月後になすこととする旨の定めで売渡し、同時に右債権を譲渡した。その後、右の買戻期間は同三十三年三月末日まで猶予されたが、M会社は同日までに買戻すことができず、結局同年七月一日被告銀行に対して内容証明郵便をもつて右債権譲渡の通知がなされ、翌二日被告に到達した。
ところが、被告銀行では右定期預金の支払に応じないので、右預金債権の存在確認ならびに右預金の元利の支払を求めるために本訴を提起した。
以下判決により、争点を列記すると、「被告訴訟代理人は、主文第一項(原告の請求を棄却する―筆者注)同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中、訴外会社が昭和三十二年十月二十二日被告銀行山形支店に対する同三十一年十月二十二日付預入にかかる金百万円の定期預金債権を書換えて期間一年、利息年六分なる本件債権を取得したこと、同三十三年七月二日に原告主張のごとき内容証明郵便の到達したことをそれぞれ認め、その余は知らないと述べ、仮定抗弁として、
一 訴外会社と被告銀行間に本件債権は被告銀行の承諾なくして他に譲渡し得ない旨の合意が存したのである。しかるところ原告らは右譲渡につき被告銀行の承諾を得ていないので、これを以て被告銀行に対抗することを得ない。
二 右合意が存しないとするも、定期預金債権は預入銀行の承諾がなくて譲渡し得ないという商慣習がある。
三 右譲渡が有効であるとしても、被告銀行銀座支店は、訴外会社が昭和三十三年一月二十九日訴外株式会社藤田物産商会(以下訴外物産商会と略称する)宛に振出し交付した金額二百八十七万六千円、支店期日昭和三十三年七月三十一日、支払場所被告銀行山形支店等なる旨の約束手形一通(以下本件約束手形と略称する)を、同商会より裏書譲渡を受けて所持していた。そこで同三十三年七月十日被告銀行銀座支店は訴外会社に対し右約束手形債権と本件債権元利合計金百三万八千五百二十四円とを対当額で相殺する旨の通知をし、同月十二日同会社にこれが到達した。」
と述べた。
原告は、被告の仮定抗弁に対する答弁として、
「抗弁事実中、被告主張の相殺の意思表示が昭和三十三年七月十二日訴外会社に到達したことは認めるが、その余は否認する。すなわち訴外会社と被告銀行間の昭和二十八年十月十四日付手形取引約定書中の借主は被告銀行に対する預金を被告銀行の承諾なくして他に譲渡又は質入行為をした時、借主の被告銀行に対する預金等は弁済期にかかわらず相殺されても異議ない旨の定めは、被告銀行の承諾なくして有効に預金債権が譲渡されてしまう場合のあることを予想して居り、また各銀行の預金争奪戦のはげしい現今定期預金債権につき譲渡禁止の特約がなされよう筈はなく預金証書裏面記載の譲渡禁止の不動文字も単なる例文にすぎず、従つて被告主張のごとき譲渡禁止の特約および商慣習は存しない。」
と述べ、更に仮定再抗弁として、
「一 訴外会社は昭和三十二年十月二十二日当時被告銀行から何らの債務をも負担していなかつた上に、譲受人としては定期預金証書の裏面を調査する義務もないので原告としては本件債権は譲渡を禁止されていることを全く知らないで譲り受けたものであつて知らないことについて重大な過失もなかつたのである。
二 本件約束手形の支払期日は昭和三十三年七月三十一日である。
しかるところ、被告銀行が訴外会社に相殺の意思表示をなした当時(七月十二日ころ)は右弁済期前である。されば右相殺の意思表示は効力を生じない。
と述べ更に、
右相殺の意思表示において、被告銀行は本件約束手形を呈示しないので効力を生じない。」
と述べた。これに対する被告銀行の答弁は、
「再抗弁事実中本件約束手形の支払期日前に相殺の意思表示をしたことは認めるが、その余は否認する。すなわち原告は本件債権譲渡書と本件債権証書とを一括して訴外会社から交付を受けたものであるから、譲渡禁止の特約を知つていた筈であると述べた上更に、
被告銀行と訴外会社間の昭和二十八年十月十四日付手形取引約定により、同会社の被告銀行に対する預金債権を被告銀行の承諾なくして他に譲渡した際には被告銀行の訴外会社に対する貸金債権等は当然に弁済期到来し、相殺されても異議ない旨の合意が存していたのであるから、本件約束手形の支払期日前の相殺の意思表示は有効である。
と述べ、原告のその余の仮定主張に対する答弁として、
本件約束手形を呈示しないで相殺の意思表示をしたことは認めると述べ更に、
一 右相殺の意思表示は本件約束手形債権の一部を自動債権としてなしたものであり、かかる場合には右手形の呈示を要しないのである。
二 仮に右呈示が必要であるとしても、右支払場所は被告銀行山形支店であり、被告銀行が右手形上の権利者としてこれを所持していたのである。されば右相殺時において右手形呈示と同一の状態にあり、呈示と同一の効果を生じているものというべきである。
三 仮に右すべて理由がないとするも本件債権の譲渡につき被告銀行には右譲渡の通知があつたにとどまる。されば右債権につき被告銀行が訴外会社に対して有していた一切の抗弁権は原告においてこれを承継するのである。されば原告は訴外会社が被告銀行から相殺をもつて対抗される本件債権を承継したものというべきである。よつて昭和三十三年八月二十七日付本件第一回口頭弁論期日において、本件債権元利合計金百四万五千八百六十三円を右約束手形債権と対当額で相殺する。」
理由
裁判所は結局、被告主張の通り、本件定期預金債権につき譲渡禁止の特約が存していたこと、原告は右の特約を知つていたこと、の二点を肯定して、原告の請求を棄却した。
「本件債権につき譲渡禁止の特約が存する旨の被告の主張について案ずるに、証人太田大吉同長谷川幸造の各証言及び成立に争いない甲第一号証によれば、本件債権を訴外会社が取得した昭和三十二年十月二十三日ころ、同会社は被告銀行に対し金八百二十五万円位の借財をしていたこと、本件債権は同会社の被告銀行に対する信用確保のためになされたものであること、同会社が被告銀行から交付を受けた本件債権証書(甲第一号証)裏面第八項に「この預金に関する債権は被告銀行の承諾がなければ譲渡又は質入することは出来ません」なる旨の文言が記載されていることが認められ、更に訴外会社は原告に対し買戻権を留保して本件債権を売渡したこと及び右譲渡の通知を右買戻期間だけ猶予したことは前記認定の通りである。されば訴外会社と被告銀行間に本件債権につき譲渡禁止の特約が存したものというべきであつて、これに反する証人太田大吉、同佐竹伝次郎の各供述部分は、容易に信じ難く、他に右認定を左右するに足る証拠はなく、この点についての被告の主張は理由がある。
三、原告は右債権を買い受けた当時、右譲渡禁止の特約の存したことを知らなかつたと主張するので案ずるに、
原告本人尋問の結果及び甲第一号証によれば、原告はこれまで訴外第一貨物運送株式会社上山土建株式会社一楽荘等の各役員をしたこともあり、銀行取引の経験もあるところ原告は訴外会社から本件債権を買いうけるに当り、本件債権証書(甲第一号証)の交付を受けたものであること同証書裏面にはこれが譲渡禁止の文言が預金者(債権者)が遵守すべき他の条項と共に記載されていることが認められ、さらに原告が本件債権を買い受けるに当り買戻権を留保していること及びこれが譲渡の通知を右買戻期間だけ猶予していることは前記認定の通りである。されば原告は本件債権についての譲渡禁止の特約を知つていたものと推認すべきであつて、これに反する原告本人の供述部分はたやすく信じ難く、他に右認定を左右するに足る証拠はなく、この点についての原告の主張は理由がない、されば原告の本件債権の取得をもつて被告銀行に対抗し得ること及び被告の右譲渡禁止の特約の不存在をそれぞれ前提とするその余の主張については判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当。」